―カランカンラン
唯笑がシーサイドカフェ・YuKuRuのドアを開けたのは、年が明けた最初の週末。この季節らしい冷たい海風が吹く夕ぐれ時だった。

「信くんこんばんわー」
「いらっしゃーいYuKuRuへようこそ。唯笑ちゃん、待ってたよ」

この店の店主、稲穂信がいつもの笑顔で迎えてくれた。

「寒いねー。ねえみんなもう来てる?」
「ああ来てるよ。でも双海さんは帰国できないからパスって連絡もらってる。ん? 智也は? 一緒じゃないの」

一緒に来るはずの唯笑の恋人、信の親友でもある三上智也の姿がなかった。

「うん。智ちゃんはお仕事だって。間に合うようなら駆けつけるって、さっきちょこで」
「ったく、今日高校の同窓会やるって前から言ってんのに」
「まぁまぁいつものことだから」
「そうかぁ? ほら寒いからから早く入って。みんな待ってるから」

唯笑はコートを信に預けると、暖かそうな店内へ歩を進めた。


「本日は俺、稲穂信が経営するシーサイドカフェ・YuKuRuへようこそ。ちょっと狭いかもしれないけど、存分に楽しんでってくれ! それでは……」
「あけましておめでとう!」

久々に顔を合わせる面々。
高校卒業からだいぶたち、結婚したもの、仕事を辞めたもの、起業したものなどなど。
それぞれが別々の人生を歩んでいた。

「今坂さーんひさしふり!」

ちょっと緊張してきょろきょろしていた唯笑のもとに、音羽かおるがやってきた。
高校時代と同じショートヘアに唯笑の緊張も少しほぐれたようだ。

「音羽さん! 元気だった?」
「うん、もう元気元気! 今坂さんは……ってあれ? まだ今坂さんでいいんだよね?」

少しドキリとする。

「うん、そうだけど?」
「もう三上君と同棲してから長いから、実はすでに入籍してるのかなーって」
「それが、まだなんだよねー。私も智ちゃんも仕事忙しいし。あははは」
「ご、ごめんなんか変なこと聞いちゃったよね。許して! この通り」
「も、もう気にしないでよ音羽さん」
「三上君のことだから、いろいろ考えてのことだろうし、意外とそろそろかもよ?」
「確かに。サプライズだ! とか言ってな」

西野たちといたはずの信もうなずき、するっと会話に加わってくる。お店を始めてスキルに磨きがかかったようだ。

「そうかな~?」

照れながら唯笑が答える。

「でもさ、智也、最近毎日帰るの遅いって言ってたじゃん」
「そんなの智也じゃないと思わないか?」
「そうそう、もしかして浮気とか……しちゃってたり?」

西野、相川も横から参加してくる。

「智ちゃん……が?」
「まさか、三上君が? いや、ない。ないないない」
「その通り。イナケンじゃないんだ。それはあり得ない」
「浮気……?」

表情を曇らせる唯笑。よりによって智也が浮気?

「でもなー……なあ西野」
「ああ。俺たち智也がかわいい女の子と車に乗っているのを見ちゃってるんだよ」
「それって案内してただけなんじゃない? 三上君、不動産屋さんなんだから」
「それだ!」
「智ちゃんが可愛い女の子とデート……」

西野たちの話に固まってしまっう唯笑。

「唯笑ちゃん? 智也がそんなことしない奴だって知ってるだろ」
「ちょっと今坂さん? 大丈夫?」
「おい、お前らちょっと冗談きついぞ?」
「ご、ごめん」
「今坂さんごめん、ちょっと言い過ぎた」
「!? え? ああ、大丈夫! 相川君も西野君も気にしないで」
「本当に平気なの?」
「うん大丈夫! だって唯笑、智ちゃんのこと信じてるもん」

そういう唯笑の顔に、一瞬暗い影がかかったのに気づいたものはいないようだった。


同窓会から部屋帰った唯笑を待っていたのは、寒い部屋だった。
一緒に暮らすネコが、飼い主の様子が少しおかしいことに気づいたのか、そっと寄ってくる。

「智ちゃんやっぱりまだ帰ってない……」

ネコを抱き上げると、そのまま床に座り膝の上にのせる。ネコの体温が今の唯笑にはたまらなく優しく感じられた。

さっき西野たちが言ってたことは、唯笑も何回か想像したことがあった。
智也が仕事の残業で遅くなることは、それまでもあった。でもこのところ毎日だ。こんなに仕事まみれになるなんて智也らしくない。それに香水みたいな匂いがすることもあった。
それらを智也に聞いても、今すごく忙しんだよと話を打ち切られてばかりだった。

「唯笑はまだ信じてていいの? 彩ちゃんはどう思う」

彩花に助言を求めるも答えは返ってこない。
まだ帰らない智也を待ちながら、そのまま眠りに誘われるがまま唯笑は眼を閉じた。


「ゆ……お……」

眠りに落ちてからどのくらい経っただろう。

「唯……起……」

唯笑の体を揺するものが帰ってきたようだ。

「ん、ん……智……ちゃん」
「おい、こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
「あ、そうか……寝ちゃってたんだ……」

唯笑が寝てからそんなに時間は経っていないようだった。
智也は着替えながら、部屋のエアコンを全開でつける。

「同窓会どうだった? みんな元気だったか?」
「うん……」
「仕事忙しくっていけなくてごめんな」
「ううん……」

曖昧な返事で答えてしまう。
スエットに着替える智也を見ながら、同窓会での会話を何回も思い出す。

「ねえ智ちゃん」
「聞きたいことあるんだけど、いい?」
「ああ、なんだ急にあらたまって」
「うんあのね……」

一瞬の沈黙。

「智ちゃん、浮気してたりするの?」
「!? う、浮気! 誰が、俺が?」
「うん。今日同窓会で、見たって」
「いや、するわけないだろ俺だぞ? イナケンならともかく」
「でも、最近ずっと仕事で遅いのは変だって。智ちゃんがそんなに仕事していられるわけがないって」
「ねぇ智ちゃん、正直に言って」
「……」
「……分かった」

唯笑の必死な様子に智也はあきらめたようだ。

「俺たち、一緒に暮らして結構たっただろ? でもさ、彩花に言われたんだよ」
「彩ちゃんに?」
「ああ。『唯笑ちゃんをこれ以上待たせないで』って。しかも中学生の彩花にだぜ。で、こうなったら待たせちゃった分、豪華な式にしなきゃって。残業しまくって金、稼がないとって」
「で、金がたまったら、先に式場とか決めてお前を驚かしてやろうと……」
「途中でバレちゃったってのは、かっこうわるいけどな」

とにかく決めたら突っ走る。なんとも智也らしい。

「なぁ唯笑」
「……」
「俺と結婚してくれないか?」
「これからもずっと一緒に暮らしてくれ」

唯笑をまっすぐ見ながのプロポーズ。その表情は少年のようだった。

「智ちゃん……、うん、うん、そう答える以外できないよ。だって今までずっと一緒だったんだよ。だからこれからもずっと一緒にいたいよ」

唯笑はぶんぶんと何度も頷きながら、智也の想いに答える。
断る選択肢なんかない。

「唯笑……ありがとう」

と智也は唯笑の肩に手を伸ばした。

「でもちょっと最後に確認」

が、手がふれる寸前、ぴたりと止められた。

「……浮気じゃなかったんだよね?」

唯笑から最後の確認。この答えを間違えると全てが……。

「さっきも言ったろ? 俺がするわけないって」
「うん、それは先聞いたよ。で、車で可愛い女の子とドライブしてたのは?」
「それは、物件を紹介して案内に行くところ。仕事以外で車に乗せたことあるのはお前だけだ」
「うん、分かった。信じるよ。ううん信じてたずっと」

少しいたずらっぽい笑みを浮かべる唯笑。からかわれたこと気付く智也。

「ちょ、お前……」
「えへへ」

いつもの二人のペースだ

「お前にないこと吹き込んだのは、信か?」
「ううん、西野君と相川君」
「あいつらか……まったくしょうがない奴らだな……」

高校時代そのしょうがない奴らといつもつるんでたのはあなたでしょ……と唯笑は心の中でくすりと笑うのだった。

「でな、式なんだが……」
「うん!」
「いろいろ計算すると来年の春……になってしまうんだが……いいか?」
「いいよ。そのくらい全然待つ。入籍も式と一緒でいい。でもね……」
「指輪だけ。指輪だけ先に欲しいな……なんて」
「いいが……なんでだ?」
「お互いがずっと一緒にいる気分になると思うんだけど……ダメかな?」
「いいや。だめじゃない」
「ありがと。智ちゃん」

そっと窓を開け、空を見上げる。

外は満天の星空。
その中のひとつの星が、まるで二人を祝うかのように、ひときわは輝いて見える。

「彩花も喜んでくれるよな」
「うん、彩ちゃんも言ってる。『ずっと一緒だよ』って」
「そうだな。三人ずっと一緒だ。いや、子供出来たらもっとだな」

「智ちゃん気が早すぎるよぉ!」

二人の間に、まだ雨は降るだろう。

でも雨は上がる。
雨のあとは恵みがやってくる。幸せを運んできてくれるのだから。


FIN.