Characters

俊一編ショートストーリー

「Everyday Birthday」前編


「あっつぃー! あちあち」

水かぶりてえ、と言いながら秀巳が待ち合わせのカフェに入ってきた。


「はい」

「うおっ……はあー……気持ちいー」

氷の入ったグラスを額にあててあげると、秀巳はリラックスした顔で目を閉じる。

ガラス張りの壁の向こうはギラギラの日射し。
影が濃い、まさに真夏の午後。

「これからバンドの練習なんて暑苦しいぜ。さぼってプールでも行きてーなー」

「本気?」

「マジだけどオレがいないとユアは即崩壊だから諦める」

「そうだね」

秀巳の口グセに海はクスッと笑う。


「で、今日は何かな」

「うん。えっとね」

練習前に、時間あったらちょっと会えないかな?と、秀巳を呼んだのは海だった。

でも本当は、この件で秀巳と会うのはちょっと悔しい。


「来週、秀巳君お誕生日でしょ。だから……その……何をあげたらいいかなって」

「おおお! 海が祝ってくれるのか?」

「当然でしょ! だって」


——秀巳君は、私の彼なんだから。


「うん」

秀巳は口にしない海の言葉が聞こえたように優しく笑う。


「何がいい?」

「なんでも嬉しい」

「だから難しいの」

本当はサプライズにしたかった。
けれど、秀巳は持ち物にも部屋にもこだわりがあるし、欲しい物は自分で買っている。
趣味は多いし料理は(やれば)海よりうまい。
デートだっていつも上手に演出してくれる。

だから、いざ海が何かをしてあげるとなると、何をすればいいかわからない。


「はあ……」

ずっと悩んで降参して、仕方なく秀巳君を呼び出すなんて。私、かっこ悪いなあ。


「えい」

「ひっ! なに?」

指で鼻先をツンと押された。

「そーやって、海がオレのこと考えてくれるだけでもプレゼントだよ」

「それじゃ毎日誕生日になっちゃう」

「ほんとに!? 海、そんな毎日オレで頭がいっぱいなのか?」

「え、やだえっと、そんなんじゃなくて」

「いいなあー! エブリディバースディだ」

「違うってば。聞いて」

「よし、エブリディバースディって曲作るか」

「もー。聞いてよー」
 

海はテーブルの下で足をぱたぱたした。


「あはは。ごめんごめん」

「悪いと思ったら、ちゃんと希望を言って」

「んー。そうだなあ……」

しばらく上を向いて考えたあと、秀巳は海を見て二ヤッとした。


「じゃあさ——」

「ええーっ!?」

秀巳がそっと囁いた言葉に海は思わず声をあげてしまう。


「だめ?」

「……べつに……だめじゃないけど……」

「よし決まりな。やった☆」

なんていうかもう……秀巳君って……。


そして——当日。秀巳の誕生日。


「あっちー! まだ昼前なのにもーガンガンに砂焼けてるぜ! うわマジあちーや、海、ちゃんとサンダル履けよ」

「履いてるよ」

波の音、子供のはしゃぐ声。

海の家から浜に出て歩くと、ジリジリと日に灼ける音まで聞こえるようだ。


「結構人いるな。平日なのに」

「学校は夏休み中だからね……あ」

「どうした?」

「あ、ううん。なんでもない」

日射しがまぶしすぎるせいか、一瞬、視界がくらっとした。


「これじゃ地元でも同じだったか」

「たまには違う海も新鮮でいいよ。それに、誕生日でスペシャルだし」

地元も海に近い町だが、今日はふたりでドライブがてら、あえて遠い海岸へやってきた。


「そうだな。スペシャルだ」

うう。秀巳君、朝会って、ここに来るまでずっと楽しそうなニヤニヤ笑い。


「じゃ、そろそろプレゼントのお披露目な」

パラソルの下にレジャーシートを敷いたところで、秀巳が指をたててウインク一つ。


「ん……うん」

よし。
こうなったら開き直ってやるぞ。

思いきって、海は、はおっていたパーカーをばさっと脱いだ。


「っしゃああー! おめでとうオレ! ありがとう! ハッピーバーズディオレ!」

ヒューヒューと、秀巳は一人ではやしたてながら拍手する。


「秀巳君、みんな見てるよ。恥ずかしい」

「見せてやるのが狙いなんだよ」

「もう。……おかしくない?」

「まさか。マジ可愛い」

おかしいほど真剣な顔で言う秀巳。


——オレの選んだ水着の海と泳ぎたい。


それがプレゼントと言われたときは戸惑ったが、喜んでくれるなら着てよかった。


「ビキニ初めてなんだよ」

「うん」

似合ってるよ、と秀巳が囁き声で言う。

鮮やかなピンクに黒のパイピング。
胸元と腰にアイスブルーのラインが入ったショートパンツビキニはキュートでシンプル、スポーティだ。
大胆すぎないのが海には嬉しい。


「買ったときは言わなかったけど」

何日か前、ふたりで水着売り場へ行った。
こいう場所へ男性が来るのはどうなんだろうと思ったけれど、秀巳は実に堂々としていた。
それどころかみずから店員さんに話しかけ、今年の流行まで聞きながら選ぶ秀巳に、海はすっかり気を抜かれていた。


「なんでいままで着なかったの」

「え、だって……私、地味だし……」

「んなことないよ」

「……胸とか、あんまりおっきくないし」

「あはは、そりゃ知って——いてっ! いていて!」

ぽかぽかぽか。


「いたいいたい。ごめん。悪いって」

「誕生日じゃなかったら許さないよ!」

ほんとに。口が軽いんだから。


「わかりました。ごめんなさい。あやまるから一緒に泳いでください」

「……」

「ね?」

まだ少し拗ねたふりをしながら、海は差し出された手をとった。
悔しいけれど、やっぱり秀巳のイタズラっぽい笑顔に弱いから。


「っしゃ! ガッツリ泳ぐぞ!」

「うん……っ……」

「どうした? なんか、お前さっきも」

「なんでもない。行こ!」

やっぱり、さっきから少しくらくらするけど、そんなことは忘れて楽しもう。


「だあっ!」

「やだっ! やり返す!」

「なに! あははは」

まずは水かけっこから始まって、波を越え、泳ぎやすいあたりへ。


「秀巳君、泳ぎうまい……」

雪国育ちなのに。
関係ないかな。
にしても、相変わらず何しても器用だなあ。


「海も泳げるじゃん」

「私は、かるく平泳ぎが限度」

「じゅうぶんだよ」

浮力があるからバタバタしなくても泳げるよ、と秀巳はコツを軽く教えてくれた。


「この水着、泳ぎやすくていい感じ」

「記録縮みそうか?」

「あはは」

「ま、そこも考えて選んだからな。可愛くても、水着として使えないんじゃ意味がない」

「そっかー」

そこまで考えてくれてたんだ。
嬉しいけど、なんだか変な感じ。
秀巳君の誕生日のはずなのに、私が祝ってもらってるみたい。


「なに?」

濡れた髪に雫を光らせる秀巳がまぶしい。


「なんでもない」

次はちゃんと私が祝いたいと思っただけ。


「そういえばさ、この海岸、いまの時期は毎晩花火やるらしいぜ」

「ほんとに? いいなあ、絶対見たい」

「誕生日のクライマックスだな」

「うん」

夜空の大輪を想像して海はにっこりした。


「……じゃ、そろそろあがろうか」

ふいに秀巳が海の腕をとった。


「え、もう? なんで?」

「海、やっぱ顔白いよ。さっきから、ときどき様子おかしかったし」

「私? 大丈夫だよ! え、やだ秀巳君!」

秀巳は海を引っ張り浜へと泳ぐ。
浅いところへ戻ると立ってざぶざぶ歩いていく。


「秀巳君! 私、平気だから……」

海は秀巳を止めようとした。
が、波が足に絡んで歩きにくい。
なんだか背中がぞくぞくする。
頭上を照りつける太陽がきつく、立つのもだんだんつらくなって——。


「海!」

かくりと膝を折る海を、秀巳が素早く抱き留めた。
海はごめんねと言おうとしたが、うまく唇が動かなかった。



To be continued...

初出 電撃Girl's Style2008年9/23号