ユア・メモリーズオフ
〜Girl's Style〜Mobile版
それから数日。
海は早起きして海岸へ来た。バイトは休み、バンド練習は夕方からなので時間がある。
ここで歌の練習をするつもりだ。
ユアがいつも使う場所もあいているが、たまには青空の下もいいと思った。
——Take me free, Let it be……♪
ユア定番の曲に始まり、思いつくままに歌いつづける。
声が波に弾み、空に溶けていくようで気持ちがいい。
「ふう……」
アップテンポからバラードまで、一気に歌うとさすがに疲れる。
ひと休みしようと座る場所を探して浜を歩くと、思いがけないものを見つけた。
透明な青。不規則な丸み。ガラスのようだが、石のような形の……。
これ。俊一君の部屋にもあった。
よく見ると、浜には点々と青や白のそれが落ちている。幾つか拾った。
日射しを受けて、海の手のひらでキラキラ光る。
俊一君にプレゼントしたら、喜ぶかな。
青い輝きを目にするうちに、海は俊一に会いたくなった。
今日は大学へ行くと言ってたけれど、この時間ならまだ家にいそうだ。
海は海岸を走る電車に乗った。ほんの数駅が長く感じた。
「——おう。どうした」
俊一はやはり家にいた。まだ少し眠そうな顔をしていたが、海が行くとかるく頭を撫でて迎えてくれた。
「コーヒー飲むか? ちょうどいれようと思ってたとこ」
「ありがとう」
「インスタントだけど」
「いいよ」
「甘くしてカフェオレな」
「うん」
インスタントでつくるカフェオレには、なつかしいような独特の味と香りがある。
海はそれが好きで、俊一も同じだ。
「——で?」
二人ぶんのカフェオレを挟んで向きあい、座ったところで俊一が訊く。
「あのね。これ」
海はポケットから青い石をそっと取りだして手に包んだ。
「手、だして。俊一君」
「?」
言われるまま、俊一が海に向けて手を差しだすと、海はそこにキラキラ光るものを乗せて渡した。
「あ」
俊一がかるく目を開く。
「海で見つけて、俊一君のこと思い出したの」
「……」
「じつはそれ、何かわからないんだけど」
「シーグラスだよ」
指でかるく転がし、俊一が笑った。
「シーグラス?」
「ああ。もとはガラスの欠片だったのが、波に洗われて丸くなったんだ」
「そうなんだ……」
この形や不思議な輝きは、自然が作りだしたものだったのか。
「最初はたぶん、人間が捨てた空き瓶か何かのゴミだった。
それが割れて、人を傷つける欠片になった。けど、海が少しずつ時間をかけて、こんなきれいな形にしたんだ」
「……すてきだね」
「ああ」
「海の結晶みたい」
二人は額をくっつけて、手のひらのシーグラスをのぞきこむ。
「俊一君の部屋にも、前からあるよね」
「え」
ふいに俊一が身を離した。
「あるでしょ? ほら、あそこの窓辺」
コップのなかで、いまも光っている。
「なんで見つけたんだ」
「見るでしょ普通」
「気づかなきゃいいのに」
「気づかなかったら、これ拾えなかったよ」
「……」
「私が拾ったのも、部屋に置いてほしくて」
「……おれは」
俊一はふいっと窓辺に行って、シーグラス入りのコップを手にした。
「おれはこれ、お前にやるつもりで集めてたんだ」
——海のなかの海を、海にやるんだって。
「俊一君……」
海の手をとり、コップの中のシーグラスを乗せる俊一。
薄い青や緑、あるいは透明な輝きが、海の手のひらでいくつも重なる。
「お前みたいだろ?」
「そうなの? どこが?」
「輝きやすい」
シーグラスを見て、海を見る。俊一の顔がすぐ近くにあった。
甘く笑う唇が、触れそうなほどそばに……。
「俊一君。私ね」
海はふいに声を高くして話を変える。
「ん?」
「言ってもいいよ。いまなら」
「何を?」
少し焦れったそうに返す俊一。
「訊いたでしょ。私は、俊一君のなんなのかって」
「……ああ」
「私は——」
「シッ」
「……」
内緒の形でひとさし指をあてられ、海は唇をふさがれてしまった。
「そんなこと、簡単に言わなくていい」
——だって。この前は、無理に言わせようとしたくせに。
海は目で訴えるしかできなかった。
「うるさい」
何も言ってないのに叱られてしまった。
「目がうるさい」
俊一が海をすっと腕のなかに抱きよせる。
シーグラスが手のひらから滑り落ちた。
「もういいだろ?」
——あ……。
一瞬、唇が指から解放されたと思ったら、甘い唇にまたふさがれてしまった。
海は素直に目を閉じるしかなかった。
瞼の裏に、グラスの青い輝きがキラキラ散った。
次回更新は2009.2.12
秀巳編ショートストーリー「Everyday Birthday」
初出 電撃Girl's Style2008年5/23号