ユア・メモリーズオフ
〜Girl's Style〜Mobile版
軽い貧血を起こしたらしい。
秀巳に抱かれ、海の家まで運ばれて、海は畳に横になって休んだ。
しばらくすると落ち着いたが、大丈夫だと何度言っても、秀巳は頑として聞かなかった。
「いいから帰るぞ。ワガママ言うな」
「……」
帰りの車で、海はずっと口をきけなかった。
秀巳君が私を心配して帰ることにしたのはわかってる。
だから秀巳君は悪くない。
悪いのは、せっかくの秀巳君の誕生日を、台無しにした私なんだ。
「このごろ、ずっと暑かったからな」
秀巳がずっと優しいのがかえってつらい。
「練習や買い物で忙しかったし、今日も朝から遠出したし……そりゃ疲れるよ。ごめん。オレがもっと、気をつかうべきだった」
「違う」
それだけ言うのがやっとだった。
助手席のシートに身体をうずめ、海は眠ったふりで少し泣いた。
——そのまま、本当に眠ってしまったらしい。
「海。着いたよ」
優しく起こされ、目をあけるとあたりは見慣れた景色だった。
波の音。
秀巳とよく来る浜咲の海岸。
「具合どう?」
「だいじょうぶ……」
一度寝たら、かなり回復したようだ。
「そっか。よかった」
笑う秀巳。海もつられて笑う。
「今日はごめんね。本当に」
「なんで? オレ今日、すげえ楽しかった」
——海と出かけて、オレセレクトのビキニ着てもらって、一緒に泳いでさ。
「でも、もっとスペシャルにしたかったの」
「海といれば毎日スペシャルだって」
「……」
「月並みかな。でも、それがオレだから」
「月並みなんて……」
私だって、秀巳君といればスペシャルだよ。
「一日だけ特別じゃなくていい。夏だって今日で終わりじゃないし、ビキニだって次も着られるだろ」
「……うん」
「スペシャルな日も、また来るよな」
秀巳の顔がすっと近づいた。
海は自然に目を閉じる。
ありがと、と秀巳が小さく言って、海の唇に唇を重ねる。
「少し歩くか?」
うなずいて、海は車を降りる。
「ほら。これ」
秀巳は後ろのシートから、コンビニの袋を取り出して見せた。
「さっき、海が寝てるあいだに買ったんだ」
「あ——」
「いまからふたりで花火大会しようぜ」
「うん!」
袋の中身は花火セットだ。
ろうそくもちゃんと買ってある。
秀巳は用意周到だ。
海の手にした花火の花びらのような先端に秀巳が火をつける。
シャワシャワシャワ、と独特の音。
オレンジがかった煙のにおい。
「きれい……!」
弾けては広がり、散っていく光。
「花火大会〜!」
秀巳が両手に花火を持って、ドラムスティックをさばくように揺らした。
「危ないよー」
困りながら、海は楽しくて笑ってしまう。
秀巳がロケット花火に点火した。
誕生日のクライマックスだ。
「秀巳君」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
流れ星のように夜空を飛ぶ花火に願う。
これからも、いつまでもふたり仲良くできますように。
次回更新は2009.2.19です。
初出 電撃Girl's Style2008年9/23号