ユア・メモリーズオフ
〜Girl's Style〜Mobile版
「だあああ!」
——なに?
チャイムを押そうとした指が止まった。
「……俊一君?」
ノックして、そっと呼びかけてみる。
「——おう」
すぐドアが開いて俊一が出てきた。
鮮やかな色のTシャツに細身のパンツ。
服はいつもの俊一だが、表情が微妙に暗かった。
「部屋が海になった」
「え? ああ……」
中へ通され、海はすぐ事態を理解した。
床一面、いたるところにCDが散らばり、重なって足の踏み場もない。
もともと大量に積んでいたから、崩れると大変なことになる。
「せっかく選んだのにやり直しだ」
「楽しいよ。宝探しみたいで」
笑いかけ、ため息をつく俊一をはげます。
今日は俊一お薦めのCDを借りる約束で部屋へ来た。
春の休日。
このあとは、部屋でCDを聴いてもいいし、どこかへ散歩に出かけてもいい。
遠出するのは、次のライブが終わって時間ができてからになりそうだけれど、2人なら、どこにいても楽しいし幸せだった。
「あ。これ。なくしたと思ってたのに」
時折、俊一はCDを探す手をとめる。
「やっぱ、これも海に聴いてほしいよな……」
——こっちは、輝きはあるけど海向きじゃない……いや、勉強なら必要か……。
「どんなCDなの?」
あれもこれもとCDを手にする俊一に訊く。
「UKのインディーズ。シンプルで、ちょっとあやういけど尖ってる」
「聴いてみたい」
「よし。これいけるなら、あとこれだな」
俊一は次々海にCDを手渡した。
「これエモだけど海ならいけるな。
あとこいつら。
スリーピースで音少ないのに太いつーか輝きがやばい。こっちは英語圏出身じゃないのにUKでツアーやって評価されてさ。かっこつけてないのがかっこいいんだな。あ、そうだこれ。このギターがさ……」
俊一は熱心に語り続けるが、海には何を言っているかよくわからない。
けれどもあまり気にしなかった。
日頃は必要以外あまりしゃべらない俊一が、音楽の話だけは止まらなくなるのはいつものことだ。
バンドバカだと「ユア」の仲間は親しみとからかい半々で笑うが、海はそれも俊一の良さだと思う。
音楽に夢中の俊一君、輝いてる。
海は心で俊一の口グセのまねをした。
——あれ?
ふいに窓辺で何かが光った。
見ると、透明な青や白の石?が、コップの中で日の光をキラキラ反射していた。
なんだろう。インテリアのガラス玉にしては不揃いだし……前から、俊一君の部屋にあったのかな? いつから……。
「きゃ」
とつぜん、俊一の指に頬をつつかれた。
「聞いてないな」
すねた顔で俊一が海をじっと見る。
「せっかく、いいところまで話したのに」
「ごめんね」
「……」
「きゃあっ!」
「——うう……」
いきなり膝に倒れてくる俊一を海が反射的にかわしたため、当然の結果として俊一は床に思いきり顔をぶつけていた。
「痛い」
「……ごめん」
あやまってみたけど、私のせいかな……。
「お前このごろ、おれに対する敬意を忘れてるんじゃないか」
俊一が床に伏せたままボソボソ言う。
「忘れてない」
「本当か」
「本当だよ」
いまだって、音楽に熱い俊一君のこと尊敬してた。それを自分から要求するのは、ちょっと、どうかと思うけど……。
「じゃあ訊くが、お前はおれのなんなんだ」
半分顔をあげた俊一の片目が海を見た。
「なにって」
海は困った。前の会話と「じゃあ」から先が、どうつながるのかわからない。
「バンド仲間でしょ?」
とりあえず、無難な答えを選んでみる。
「バンド仲間……」
繰り返しながら俊一がじわじわ這って海に寄ってくる。ちょっと怖い。
顔は本当にまれな美形なのに言動はいつも微妙におかしい。
「バンド仲間に、お前はこんなことさせるのか」
……あ。
俊一は、もう逃がさないぞというように、海の膝にしっかり頭を乗せる。
「どうなんだ」
柔らかな髪を膝にスリスリして甘えた。
「俊一君……」
「言え」
男にしては小さな頭がころんと回り、紅茶色の澄んだ瞳が海を見る。
よく整った顔の中心で、さっきぶつけた細い鼻柱が、まだほんの
少しだけ赤かった。
「させないよ」
俊一君以外の人に、こんなこと。
小さく言うと、
「だったら、お前はただのバンド仲間じゃないな? なんなんだ」
「なんて言ってほしいの」
「お前に訊いてる」
「言えないよ」
そんなの、私から言わせるのずるい。
「言わないと、ずっとこうしてるぞ」
膝枕。
かなり強引な。
「もう……」
ひとの膝の上で得意げな俊一が憎らしい。明るい色の髪になかば埋もれた薄い耳をツンとつついてみた。
「でゅるあああ!」
とたんに俊一はわけのわからない声をあげ、感電したように跳ねて転んだ。
せっかく仕分けしたCDのタワーが、はずみでまた派手な音をたてて崩壊した。
「何するんだ」
動揺丸出しの赤い顔が睨んだ。海もまだ驚いてドキドキしていた。
「ご、ごめんね……」
そこまで敏感だなんて思わなかったよ。
海は笑いたいのをちょっとこらえて、再びCDの整理を始めた。
「ちぇ、せっかく……」
俊一は言いかけて唇を尖らせた。
何?と訊こうかと思ったがなんとなくやめた。
初出 電撃Girl's Style2008年5/23号